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Channel: 仮面ライダーロケ地大画報
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都道137号線

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ギリーラを倒し、つかの間の平和が訪れた。
本郷がバイクで走っていく道は京王電鉄若葉台工場の外周を通る都道137号線。ここは工場が出来る際に大幅な造成により道が整理され現在と道の位置が異なる。当時、道だった場所にはゴルフ練習場などが出来て同じ位置で対比写真が撮影出来ないので現在の道で極力近い位置で撮影している。

本郷の後ろのカーブとその先の土手は現在の稲城台病院入口信号付近。カーブで1本道だったが現在はT字路になっている。
映像では大きくS字を描いて降ってくるがこの辺りは現在の京王若葉台ゴルフ練習場の敷地内だったと思われる。
道が整理された、と書いたが劇中で映るカーブの先の道が取り壊されずに残っている。冬場は下の写真のように姿を見せるが初夏から秋までは草に覆われ見えない。先に見えている白い建物は稲城台病院。建物こそ建て替わっているがこちらも他エピソードで撮影に使われている。
この道をサイクロンやライジンゴー、マッハロッドが走っていったのかと思うと感慨深い。
 坂の下、若葉台工場方向を見たアングル。道が残っているのは10m足らずで現在の車道とは歩道で遮られ車両は入れない。冬場以外は人が入るのも難しいが。
現在と75年撮影の航空写真対比。75年なので撮影当時より整地が進んでいるが道の位置は確認出来る。白の矢印が本郷の走った位置。その上のピンクの丸が現在も当時のアスファルトが残る場所。


長沢浄水場

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金属をも燃やす液体燃料を研究する本郷の同僚沢田。
沢田の研究室があった城南大学の建物の外観はおなじみ長沢浄水場。
深夜に警備員が襲われる場所と翌朝沢田が襲われそうになった場所は本館西側。
 警備員の背後の街灯は道を隔てた隣の川崎市長沢浄水場の物だろうか。
沢田が車に乗り込むのは本館前東門辺り。
その車を追うべくバイク戦闘員が走っていくのは本館より東側、濾過場の前である。
敷地の外から望遠で捉えているのでかなり雰囲気違いますが…
以前は6月第1週の水道週間に合わせ一般公開が行われていたがなかなか時間の都合がつかず未だ未踏の地。今回の写真は敷地の外から極力アングルを合わせて撮っているがここに提示するには少し心苦しい写真ばかりだ。幸運にも公開に参加しリアルなアングルで撮影を行っているMGG氏のブログは撮影当時とあまり変わっていない浄水場施設の今を捉えている。

筆者も今年こそは、と思っていたところ東京オリンピックに伴う管理体制の強化との理由で都民のライフラインである浄水場の一般公開はオリンピック終了まで中止となってしまった。せっかく数年前に一般見学用通路の工事を下にも関わらずにだ。もっとも水道局のせいではないが。思えば私のような者が憧憬を抱く昭和の光景は先の東京オリンピックを契機に作られた風景だったとも言えるが国立競技場の建て替えに象徴するような東京の街のリセットが次の東京オリンピックを理由にますます進んでいくのだろう。時の政府と広告代理店の商業主義により東京の風景が壊れていくのを見るのは本当に忍びない。無計画とも見える次オリンピック、あちこちに歪みが出てきているのは明らかなのでこの際思いきって辞退するという大英断が下されないかと密かに願っている。

多摩サーキット

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子供を拉致したショッカーの車を追う本郷。
先の平尾住宅の外周道路のシーンから辿り着いた先は何度か紹介している稲城市平尾にあった多摩サーキット。
車が停まった辺りは恐らくコース外で敷地の西側の道。現在は道こそ残っているが植林され雑木林となりかなり道幅も狭い。
変身以降はコース内に場所が移ってくる。以前にも書いたが起伏のあった土地をグラウンドと使用するため大幅に削り平らになっている事と残りの余地が植林され雑木林になっているため見通せる範囲で方向を合わせた写真となっている。

過去にも何度か紹介している定番ロケ地だが今回は少しばかり趣を異にしている。劇中で行き止まりの演出として使用されているコースの真ん中に枕木を数本埋め込んだような柵。最初はダートコースの仕切りか何かだと思っていたが調べていくと次のような事が判ってきた。ライダーの撮影が始まったのと同年の昭和46年によみうりランド近くにこことは別に新多摩サーキットが完成。そちらの使用が開始されたのを機にこちらの旧コースは閉鎖されたのではないだろうか。コース機能移転の正確な時期が判らないのでなんとも言えないがライダーや魔女先生で生田スタジオが撮影に使い始めた時点で既に使われていなかった可能性もある。伝え聞く当時の生田スタジオの撮影では道路等の撮影使用許可を取らずにゲリラ的に屋外ロケを行い時には警察に止められることもあったという。一概には言えないがここのコースでの撮影も周囲に民家も少なかった事から地権者に許可を取らずに撮影していたことも考えられる。劇映画撮影以外にもコースの存在を知る市井のライダー達が無断で走行していた事も考えられる。言ってみれば無断でコースに侵入する輩が絶たないので止むを得ずコースを塞ぐ為に枕木の柵を打ち込んだんではないだろうか。コース内が映るカットを見ると何箇所も柵がコースを塞いでいて車やバイクが走ることを拒んでいるようにも見える。その証拠にライダーでもこの時期を境にほとんど使われなくなっていく。もう一つここが使われなくなっていく理由の一つに47年にこのコース敷地前に稲城第2中学校が開校する。このシーンで時折写り込んでいた複数のプレハブが恐らくその現場事務所だと思われ、ライダー翌年のV3第26話でこのコース内での撮影だと思われるシーンではすっかり完成している校舎が映っている。

また後半でショッカーの作戦を知った本郷が太陽ビルに向かうシーンでサーキットの北側、現在は都立若葉総合高等学校前あたりで撮影されている。

中央大学

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ショッカーに追われた沢田がやってきたのは現在の八王子にある中央大学多摩キャンパスの敷地。
東映作品でたびたび使われる分離帯のあるS字の下り坂であるが現在は直線的に道か敷き直されている。
11号館校舎越しに見える送電鉄塔は当時とは建て替わっているが東京電力の東京西線No.22。
そしてこちらのブログでも度々取り上げている敷地内のトンネル中大隧道を通過する。ここは本来大学の敷地内で多摩モノレールが開通する近年まで一般車両の通り抜けは出来なかったが現在は学校関係者以外に地元住民の車が頻繁に往来する。

東三田

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沢田が入院した病院医院長がドクモンドに襲われる
このシーンは沢田の研究室のシーンが撮られた東京都水道局長沢浄水場の周辺道路を使用して撮影されている。
医院長の乗る車が走ってくる道は浄水場の北側道路。対比している検証写真を撮影した2011年時点では改修されているものの当時の柵が残っていたが現在は新規のものに作り変わっている。
医院長の車を追う戦闘員のバイク。左側の緑色のフェンスは他エピソードの撮影に使用される松下技研の敷地。
背後に見える送電鉄塔は東京電力菅生線No.20。その奥に見えているのが松下技研の研究所。
現在の写真の左側に見える仮囲いは川崎市水道局の長沢浄水場。この頃、大掛かりな浄水施設の増築が始まった頃で現在は土手が低く削り取られた。
この背後に見える送電鉄塔は先ほどの東京電力菅生線の続きでNo.21。
病院長が追い込まれた空き地は現在は駐車場になっている。

多摩大学多摩キャンパス

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病院から拐われた沢田をドクモンドの特殊な足跡を頼りに追う本郷。
この変身シーンから足跡が残る道を発見するシーンは現在の多摩大学多摩キャンパスの敷地内にあった道で撮られている。この道は恐らく60年代末に多摩ニュータウン開発の為に土砂運搬等の車両が通る為に作られた道の一つだと思われ、ライダー背後の道の脇の法面が削られて間もない真新しい掘削跡だったり周囲の造成が進んだ70年代後半には既に消滅している事から元々仮設的な意味合いの道だったのではないだろうか。

本郷が変身するのは現在大学の校舎C棟が建つ辺り。頭上には東京電力桜ヶ丘線(No.54~55の間)の送電線が通る。対比の写真は見通しにくかったのでB棟校舎2階からの撮影。
 ライダーの目には見える道に浮かび上がるドクモンドの足跡。
傾斜のある道だったが先述したように70年代には整地されて道は消滅していて現在は学校のグランドや南多摩尾根幹線道路の開通により平坦に整地されている。劇中映像では僅かに連光寺給水塔が確認出来る。現在2基ある給水塔は72年当時は1基しか無く対比写真に映る2基のうちの右側が当時あったもの。
 足跡を追うライダー。
1枚目と同じアングルだがこちらは校舎の前で撮影してみた。当時より送電線の高さが変わったのか同じように撮っても同じようには写らない。校舎の先に見える通信鉄塔(KDD西東京中継所)も当時からあり劇中カットのライダーのマスクの脇にそれを確認する事が出来る。

*キャンパス内の写真、特に校舎2階からの写真は昨年2017年11月に開催された学園祭の折にお邪魔して撮影した。47年前にここでライダーが撮影された事を知ってかしらずか、学園祭の催しの一つに当時放送開始間もなかった最新のライダー、仮面ライダービルドショーが行われていた。

天王森公園

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ドクモンドの足跡を追ってきたライダーはついにアジトを突き止める。
アジトの入り口、決戦シーンは多摩市連光寺にあった多摩市東部配水場のポンプ施設が使用されている。現在は天王森公園として整備されている。
鬱蒼と茂るスダジイは昭和48年に多摩市の天然記念物に指定されたもの。道路側に伸びないよう剪定されてるのか当時よりも小ぶりに見える。
ライダーとは直接関係ないがこの小高い丘の上にある公園内には面白いことに実にたくさんの要素が含まれている。戦闘シーンで巧みに使われる配水場のポンプ施設は現存していないが多摩市東部へ水道を引くための重要な施設だった。また映像にわずかに映り込む公園の名称の元となった八坂神社、市の天然記念物の巨木スダジイ、映像には映っていないが市内で最も標高の高い場所だということで1等三角点の標石が設置されている。また、夜景のスポットとしても有名なようで昼夜問わず物見遊山で訪れるものが少なくない。

県道137号線

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エンディングは走行シーンの定番の道、県道137号線。厳密に言うと区画整理で道の位置が変わってしまい現在の京王若葉台ゴルフ練習場の敷地内あたりを走っていたと思われる。対比の写真はゴルフ場からではおそらく見通せないので敷地外で撮影。


太田黒科学研究所 #1

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深夜、太田黒科学研究所に近づく一人の男。
この研究所の外観は明治製菓 百合ヶ丘洗心寮が使われている。
建物は2018年現在も現存しており、以前は敷地内に後年建てられた明治製菓記念館の見学が出来たが現在は実施していないようだ。検証写真はまだ見学の出来た2010年の撮影。これ以降もバロム1やジャッカー電撃隊など生田作品で度々使用された。変わったところでは「セーラー服反逆同盟」などにも使用されていた。

田ノ入集落

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清の姉で太田黒博士の助手、良子が誘拐されたことを知り太田黒科学研究所へ向かう本郷と滝。
この道は三保ダム完成とともに丹沢湖に沈んでしまった道で旧田ノ入取水堰の上流。上の画像中央あたりに見えるのが田ノ入取水堰。横には田ノ入の集落が見える。

下の図でピンクが本郷たちのルート、その下が当時の田ノ入取水堰。黄色は現在の三保ダム。本郷たちの通っていた辺りは堤体に埋まってしまっている。
現在の地図に当てはめるとこのようになる。
丹沢湖記念館収蔵の当時の写真に近いアングルの写真があった。撮影のあった道よりも高い位置から、おそらく現在の神尾田地区に近い辺りから撮っているのだろう。
エンディングでもその近くが映る。ここは先の道よりやや道幅が狭く、川面が見えないところからもう少し高い位置を通っている道だと思われる。上の写真を撮影したあたりかもしれない。
本郷の後ろに見えるパイプのようなものは旧落合発電所の落水管。こちらもダム建設に伴い変電施設が水没、直近に移設された。キャプチャカットには映ってないが本郷の走る道から見える旧変電施設は道よりもかなり低い位置にある。
ダムの堤体からエンディングシーンと同じ方向を見る。落水管こそ撤去されているが恐らく基礎工事が施されたままなのか木が生えていないのでうっすらとその道筋が確認出来る。
こちらの航空写真では田ノ入取水堰、集落、落合発電所、走っていた道の位置関係がよく判る。


太田黒科学研究所 #2

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太田黒博士を襲うショッカー。間髪間に合った本郷達だったが再び良子を拉致されてしまう。
冒頭のシーン同様、明治製菓の寮が使用されている。

稲城私立病院

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ショッカーに利用された挙句、細菌の被害にあった詐欺師の井川は病院に運ばれた。
この病院は稲城市大丸にある稲城市民病院。生憎当時の病棟は1998年にて建替えられていて、当時と今の病棟では建物一つ分くらい位置が西に移っているが現在の病棟で検証してみたいと思う。
細菌の血清が入った井川の上着を取りに焼却炉に向かう本郷。
本郷が出てきたのはおそらく当時の救急搬入口。現在も似た位置に存在する。
 焼却炉は病棟の西側にあったが、現在の病棟西側には立体駐車場が建つ。その駐車場の先、病院の敷地西側には広大な米軍多摩レクリエーションセンターが広がる。もともと同地を陸軍が多摩火薬製造所として使用していた事に由来するが稲城私立病院も同じく製造所に付随する病棟がそのルーツである。
一瞬だが焼却炉越しに北側を通る川崎街道を隔てた先にある送電鉄塔、南多摩水再生センター線No.2が映り込む。*駐車場の建物で見通せないので少し通りに寄って撮影した。
 ショッカーに始末されるが一命を取り留めた井川。
本郷の背後には時間外診療の入り口が見える。入り口のガラス扉にはファサードの柱、病院に出入りする人々が映り込む。

この55話では病院全体の映り込みが皆無でロケ地を絞りきれないでいたが時間外入り口の扉に映った柱、焼却炉越しに見えた高い位置にある鉄塔から辿り着くことが出来た。エピソード製作順からすると別の日程で撮られたのかもしれないが55話(製作No.58)と同じ山田稔監督が担当で近い時期に撮られた57話(製作No.53)では病院の外観に加え院内も撮影に使われている。


旧尾長島橋

都夫良野トンネル下

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良子を救うためXアルファ液の書類を持って恐谷に向かった滝を追う本郷。
本郷が変身するのは東名高速下り大井松田IC先の左ルート、都夫良野トンネル出口側の下辺り。
劇中映像で右奥に見える高速関連と思しき建物は現存しているが成長した木に隠れて葉の落ちた冬場でも見通せない。
ここからは上記の場所から降った河内川沿いの道。
後方に見える橋は東名高速下り線。

コンクリート工場

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滝は地獄大使に呼び出され恐谷にやって来た。
ここは28話にも登場した生コン工場。


むじな池 #1

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静かな沼で釣り糸を垂らす二人の男。
この沼は横浜市青葉区のこどもの国近く、寺家ふるさと村にあるむじな池だと思われる。寺家ふるさと村とは昔ながらの田んぼと里山が広がる谷戸を活かした緑地公園として整備された場所で敷地内に幾つかある池の一つ。周囲は柵や水量調整の水門こそ設けられたが当時の雰囲気は残っている。

豊海

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埠頭で無言のままスーツケースの受け渡しをする強面の男たち。
ここは勝どきの豊海埠頭。

追跡するサイクロン

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拉致された良子を追うライダー。
ここは車の走行シーンに度々使用された寺尾台団地北側の坂道で撮影されている。
ショッカーの車のリアウインドウの先に当時寺尾台住宅北口信号にあった2階建ての青いプレハブ建物が見切れる。現在はご覧のように住宅が建ち見通せない。
 サイクロンが着地する瞬間は現在の稲城市大丸の南多摩水再生センターの敷地。左後方に多摩川を挟んだ先にある府中の競馬場が映り込んでいる。この時期、屋外でのトランポリンを使用したアクション、バイクスタントなどがこの場所で撮られていたようだ。
次のカットでは再び山北の河内川沿いに戻る。

ランド坂

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Xアルファ液の書類を片手に恐谷に向かう滝。
この道は稲城市矢野口側からよみうりランドへ向かう通称ランド坂と呼ばれる道のヘアピンカーブ。
80年代にはまだ通行量も現在に比べると少なかった事もあり走り屋たちのメッカとして知られた。現在は通行量が増加した事やセンターにポールが立てられるなど道自体に対処がなされたため無理な走りをする車両はほとんどいない。

橋本良子邸

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太田黒博士の助手、良子の自邸はおなじみマンションニューランドから東映生田スタジオへ下る途中にあった一般の民家。建物はあいにく建て替わっているが往時の雰囲気は確認出来る。
丘の上に立つ凸型の建物は読売ジャイアンツ寮。建物は建て替わっているが現在も同じ位置にあるものの手前の木が育った事もありこの角度では建物を確認する事が出来ない。
 左後方がマンションニューランド。

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